両面宿儺とは?『呪術廻戦』の呪いの王と日本書紀・飛騨伝承を徹底解説

広告/Amazon のアソシエイトとして、遊びゴコロは適格販売により収入を得ています。

両面宿儺とは?『呪術廻戦』の呪いの王と日本書紀・飛騨伝承を徹底解説

両面宿儺(りょうめんすくな)は、『呪術廻戦』で一気に知名度が上がった名前ですが、そのルーツは8世紀成立の『日本書紀』にさかのぼります。『日本書紀』では、仁徳天皇の御代に飛騨国(現在の岐阜県北部)に現れた「異形の人物」として記録されており、一つの胴体に前後二つの顔、四本の腕と四本の脚を持つ存在として描かれます。体の特徴としては、頭頂部で前後の顔がつながって首がない、膝はあるが膝裏やかかとがない、といったかなり特異な姿が具体的に書き込まれています。

そのうえで、宿儺は剣を左右に佩き、四本の腕で弓矢を自在に扱う俊敏な戦士としても描かれており、身体能力の高さが強調されます。ただし『日本書紀』における評価は一貫して厳しく、「皇命に従わず人民を略奪する凶賊」とされ、最終的には朝廷側の武人・武振熊命(たけふるくまのみこと)によって討伐された、と結ばれています。ここから、中央政権に従わない地方の豪族、あるいは朝廷に敵対した勢力を象徴的に表現した人物像と見る解釈が一般的です。

しかし、同じ両面宿儺が、飛騨・岐阜のローカルな伝承ではまったく異なる顔を見せるのが興味深い点です。岐阜県高山市丹生川町などに残る伝承では、宿儺は毒龍を退治し、寺院を開いた守護者的存在として語られることが多く、地元では英雄・開山の祖として敬われてきました。たとえば、飛騨高山の千光寺縁起では、宿儺が寺院を開いたとされ、円空作と伝わる両面宿儺坐像も残されています。また、善久寺には前後で穏やかな顔と憤怒の顔を持ち、斧(鉞)を握る宿儺像が安置されており、「仏法を守るために現れた存在」として信仰の対象になっています。(飛騨高山旅ガイドより

このように、中央の史書では「反逆者・賊」とされながら、現地の伝承や寺院では「仏法の守護者・困難から人々を救う英雄」として祀られている点に、両面宿儺の大きな二面性が見て取れます。異形の姿を持つ存在に対し、中央からは恐れと敵視が向けられ、地元からは畏敬と感謝が向けられた、と考えられるでしょう。現代の研究でも、「異形に対する視線の違い」や「中央と地方の価値観の差」から評価が分かれた人物像だった、という解釈がしばしば紹介されています。

こうした“鬼神か英雄か”という揺れるイメージこそが、のちの創作で宿儺がたびたび題材にされる理由のひとつです。『呪術廻戦』の両面宿儺も、この伝承の要素を受け継ぎながら、現代バトル漫画らしく再構成されたキャラクターだと理解すると、作品世界の奥行きがより感じられるはずです。

項目内容性格・評価備考
登場史料『日本書紀』朝廷に従わない「凶賊」仁徳天皇の御代に飛騨に現れた異形の人物
外見的特徴一体に前後二つの顔、四本の腕と四本の脚人ならざる存在として恐れられる膝はあるが膝裏・かかとがないなど、細かな特徴も記録
戦闘能力左右に剣を佩き、四本の腕で弓矢を扱う「力多く軽捷」とされる俊敏な戦士高い機動力と攻撃力を備えた存在として描写
飛騨での伝承毒龍退治・寺院開基・村の守護英雄・守護者として敬われる千光寺・善久寺などに宿儺像や縁起が残る
評価の二面性中央では賊、地方では守護者鬼か英雄かで評価が分かれる異形や在地勢力に対する視線の違いを反映した人物像

『呪術廻戦』における両面宿儺

芥見下々による漫画『呪術廻戦』では、両面宿儺は「呪いの王」の肩書きを持つ、作品世界最強クラスの存在として登場します。作中設定では、宿儺はかつて「呪術全盛の時代」に君臨した人間の呪術師であり、そのあまりの強大さゆえに死後も完全には滅びず、肉体が20本の指に分かれて特級呪物となった、と説明されています。現代では、この指が世界各地で封印・保管されていましたが、物語冒頭で虎杖悠仁が1本を飲み込んだことで、宿儺は虎杖の肉体を“器”として現代に復活します。

普段は虎杖の中に潜み、意識の主導権も虎杖側にありますが、一定条件下では宿儺が前面に出て虎杖の身体を乗っ取ります。この「ひとつの身体を共有する関係」は、古い伝承の“一つの胴体に二つの顔”というモチーフを、現代作品向けにアレンジしたものと見ることができます。宿儺が表に出たときは、虎杖の顔や身体に刺青のような紋様が浮かび、言動も一変することで、読者・視聴者にもその切り替わりが強く印象づけられています。

性格面では、宿儺は極端に傲慢かつ残虐で、自分以外のほぼすべてを取るに足らない存在と見なしています。趣味や好みも「食べること」以外は特にないとされ、人間の命や感情を何の躊躇もなく踏みにじる姿がたびたび描かれます。一方で、強者や「面白い人間」には興味を示し、ときに取引を持ちかけたり、自分なりのルールで約束を守る場面もあります。そのため、単なる“暴力の塊”ではなく、人間とは決定的に異なる価値観を持った知性として描かれている点が特徴的です。

能力面では、細部はネタバレを避けますが、代表的な要素として次のようなものが挙げられます。まず、宿儺は生前から「呪術全盛の時代」の最強格とされるほどの呪力量と身体能力を持ち、現代のトップクラスの術師と比較しても別格のスケールを誇ります。そのうえで、「解」「捌」などの斬撃系の術式を用い、対象の強度や呪力を無視して切り裂くような攻撃を繰り出します。また、領域展開「伏魔御廚子(ふくまみづし)」は、周囲の空間を斬撃で満たすような極めて危険な領域で、作中でもトップクラスの脅威として扱われます。さらに、反転術式による高速の自己治癒能力も備えており、多少の致命傷では戦闘不能になりません。

両面宿儺の生得術式「御厨子」や、その派生技である炎の術式「竈(かみの)」など、技ごとの性能や発動条件をより詳しく知りたい方は、別記事でまとめた両面宿儺の術式解説もあわせてチェックしてみてください。

物語全体のなかで宿儺は、シリーズを通して立ちはだかる“ラスボス的存在”として機能します。明示的な最終目的は、「自らの完全復活」と「自由な肉体の獲得」であり、その過程で多くの術師・呪霊・一般人が巻き込まれていきます。主人公・虎杖悠仁にとっても、宿儺は自分の命運を握る存在であると同時に、越えるべき壁であり、罪と責任の象徴でもあります。この構図によって、『呪術廻戦』の物語は単なるバトルだけでなく、力と責任、人間の弱さと残酷さといったテーマを深く掘り下げていきます。

項目内容作中での位置づけ備考
肩書き呪いの王史上最強クラスの呪い公式サイトやゲーム公式でも「呪いの王」と明記
出自千年以上前の人間の呪術師死後も力が残り特級呪物化肉体が20本の指として歴史を超えて残る
現代での状態虎杖悠仁の体に受肉虎杖を“器”として現代に復活通常は虎杖が主導権を持つが、条件付きで交代
主な能力斬撃系術式・領域展開・反転術式広範囲・高威力の攻撃と自己治癒「伏魔御廚子」は作中有数の危険領域
物語上の役割完全復活を目指すラスボス主人公側の成長・葛藤を引き出す存在虎杖の罪と責任を象徴する存在としても機能

伝承と『呪術廻戦』の両面宿儺のつながり

伝承上の両面宿儺と、『呪術廻戦』に登場する両面宿儺は、一見するとまったく別物のようでありながら、設定の根本にはいくつかのはっきりした共通点があります。もっとも分かりやすいのは、「一つの身体に二つの顔を持つ異形の存在」というモチーフです。『日本書紀』では一体に前後二つの顔を持つ人物として記されますが、『呪術廻戦』では虎杖と宿儺が一つの肉体を共有する“二重人格的構造”としてアレンジされています。表裏で性格も価値観もまったく異なる二つの「顔」が同じ身体に同居している点は、明らかに意識されたデザインと言えるでしょう。

また、伝承の宿儺は「力が強く敏捷で、四本の腕に剣と弓矢を持つ戦士」として描かれており、圧倒的な身体能力と戦闘力を備えています。『呪術廻戦』の宿儺も、斬撃系の術式と強靭な肉体、膨大な呪力であらゆる敵を圧倒する“戦闘の化身”として描かれており、“人外じみた身体性を持つ最強の戦士”というイメージは共通しています。さらに、中央の史書で「人民を略奪する凶賊」とされたように、人々にとっての恐怖・災厄の象徴である点も、作中の「呪いの王」という立ち位置とよく響き合っています。

一方で、違いもはっきり存在します。伝承の宿儺は、人間なのか鬼神なのか判然としない存在として語られますが、『呪術廻戦』ではあくまで人間出身の呪術師が、死後に呪いとして残ったという設定が採用されています。また、飛騨地方の民間伝承では、毒龍退治や寺院開基など、むしろ人々を守る英雄としての側面が強調されますが、作中の宿儺からはそうした“守護者”としての側面はほとんど排除され、残虐な「悪役」としての顔が前面に出ています。

とはいえ、『呪術廻戦』の宿儺も単なる絶対悪としては描かれていません。自分のルールに従って約束を守る一面や、強者に対しては一定の敬意を示す場面など、読者が「完全な怪物」と切り捨てきれないニュアンスが随所にちりばめられています。これは、「鬼か英雄か」で揺れる伝承上の評価を、現代的なキャラクター造形に落とし込んだ結果とも読めます。中央から見れば脅威、地元から見れば守り神──その二つの視点のギャップが、作中では「人間の倫理とはかけ離れた存在」としての宿儺の魅力につながっていると考えられます。

このように、歴史・伝承における両面宿儺のイメージと、『呪術廻戦』のキャラクターとしての両面宿儺は、モチーフレベルではしっかりとつながりつつも、作品テーマに合わせて大胆に再構成された関係にあると言えるでしょう。

観点伝承の両面宿儺『呪術廻戦』の両面宿儺共通点・違い
存在の姿一体に二つの顔・四本の腕を持つ異形虎杖の体を器とする“二つの人格”「一つの身体に二つの顔」というモチーフが共通
本質異形の人物/鬼神人間出身の最強呪術師が呪い化どちらも人ならざる力を持つ存在として描写
社会的評価日本書紀:凶賊、飛騨:英雄・守護者作中では基本的に悪役・ラスボス鬼か英雄かという二面性が、価値観の違いとして継承
役割中央政権に従わない在地の象徴とも解釈主人公たちの成長と葛藤を引き出す敵どちらも「対立によって物語を動かす存在」
イメージ恐怖と畏敬が入り混じる異形の豪傑恐怖と魅力を併せ持つ「呪いの王」人間の枠外にいるカリスマ的存在として描かれる

まとめ:両面宿儺は“恐れ”と“畏敬”が重なる存在

ここまで見てきたように、両面宿儺という名前には、古代日本の伝承における異形の豪傑像と、現代漫画『呪術廻戦』における「呪いの王」という二つの顔が重なっています。『日本書紀』では、中央政権に逆らい人民を略奪する「凶賊」として退治される一方、飛騨・岐阜の民間伝承では毒龍を退治し寺院を開く英雄・守護者として語られてきました。この“鬼か英雄か”という評価の揺れこそが、両面宿儺を単なる怪物ではなく、恐れと畏敬の両方を集める象徴的な存在にしています。

『呪術廻戦』の宿儺は、そうした伝承を踏まえつつ、虎杖悠仁の体を器とする「呪いの王」として再構成されています。一つの身体に共存する二つの人格、人外じみた戦闘能力、人間の倫理とはかけ離れた価値観──これらはすべて、古代の宿儺像を現代的なドラマの中で再演したものだと言えるでしょう。同時に、宿儺は主人公たちの成長や覚悟、罪と責任を浮き彫りにする“究極の敵”でもあり、その存在そのものが物語のテーマを映す鏡になっています。

作品を楽しむうえでは、「伝承と作品設定がどこでつながっているのか」を意識して読み返してみるのもおすすめです。飛騨高山の寺院に残る宿儺像や、現地の地名・祭りなどを調べてから『呪術廻戦』を読み直すと、キャラクターの名前ひとつにも、新たな意味が見えてくるはずです。この記事をきっかけに、歴史・民俗学的な宿儺と、フィクションとしての宿儺の両方に興味を広げていただければ幸いです。

最後に、本記事の要点を整理しておきます。

  • 両面宿儺は『日本書紀』に登場する、一体に前後二つの顔と四本の腕を持つ異形の人物がルーツである。
  • 史書では「皇命に従わず人民を略奪する凶賊」とされ、朝廷側の武人によって討伐されたと記録されている。
  • 一方、岐阜・飛騨の民間伝承では、毒龍退治や寺院開基などを行った英雄・守護者としての宿儺像が伝わっている。
  • 『呪術廻戦』では、この伝承をもとにした千年以上前の最強呪術師にして「呪いの王」として両面宿儺が登場し、虎杖悠仁の体を器として現代に復活する。
  • 宿儺は斬撃系術式や領域展開「伏魔御廚子」、反転術式による自己治癒などの規格外の能力を持ち、シリーズ全体を通じて立ちはだかるラスボス的存在となっている。
  • 伝承における「鬼か英雄か」という二面性は、作中でも“人間とは全く違う価値観を持つ存在”という形で受け継がれ、恐怖と魅力を併せ持つキャラクター性につながっている。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA